父なる神さまの喜び -天国での祝宴-

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古代の中東地域では、羊を飼うことは重要な仕事の1つでしたが、

イエス・キリストは羊飼いと羊の例え話をお語りになりました。
 

「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、

 その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
 

 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友達や近所の人たちを呼び集め、

 『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。
 

 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、

 悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。」

                     (聖書・ルカ15:4~7)

 
 

羊飼いにとって、羊は子どものように大切な存在です。

いつも生活を共にし、体調を管理し、餌を与えます。

生まれた時から、名前をつけ、可愛がり、成長を見守って来た、愛おしい存在です。
 
 

そんな羊が、どこかに迷い出てしまったら、どれほどの思いになるでしょうか?

羊は、一匹では生きていけません。

群れの中で、また羊飼いのもとで養われなければ、飢え死にするか、他の獣に喰われてしまいます。

健全な99匹を安全な場所に残して、羊飼いは探しに出ました。
 
 

これは、イエス・キリストと私たち人間の関係を表わすための例話です。

私たち人間は本来、神さまと共に生きる存在でした。

神さまによって養われ、会話をし、教えを受ける。

そして、神さまの力と愛によって生きるように造られました。
 

しかしながら、神さまのもとから迷い出てしまいました。

いつも神さまを身近に感じ、神さまと共に歩んでいるという方はおられるでしょうか?
 

もちろん、目には見えない神さまの存在を信じているという方は大勢おられると思います。

けれども、本来は、共に生きるように造られたのです。
 

そのような、本来の姿に回復されるために、イエス・キリストは天からこの地上に降って来られました。

天上の栄華に満ちた世界から、罪がはびこる世に来られ、救いの道を開かれました。

それが、十字架の意味です。
 
イエス・キリストの十字架・神愛エクレシア
 

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。

 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、

 永遠のいのちを持つためである。」

                       (聖書・ヨハネ3:16)

 
イエス・キリストが十字架にかけられたのは、私たちの罪の身代りのためであり、

神さまと私たちの関係を回復させるためだった。
 

そのことを信じるなら、あなたは神さまの子どもとされ、神さまとの関係を回復することができます。

 
共にこの約束を信じ、神さまへの礼拝を捧げてみませんか?
 

私たちが聖書の御ことばを信じ、神さまへ賛美と祈りを捧げるとき、

父なる神さまの喜びが伝わってきます。
 

私たちを愛して止まない神さまの、やっと帰って来たという、平安が伝わってきます。
 

神愛エクレシアでは、毎週金曜と日曜の昼と夜に、聖書の学び会や賛美と祈りの会を開いていきます。
 

参加を希望される方は、「礼拝希望」というタイトルでメールをお送り下さい。
 

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メッセージ本文

 

聖書を通して示される、神さまの愛と救いを、

共に分かち合っていきましょう!
 

God loves you.☆

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