エデンの園・神さまの楽園

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天地創造の初め、神さまがお造りになられた楽園

「エデンの園」について聖書には次のような御ことばがあります。
 

「神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。

 神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。

 園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。
 

 一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。

 第一のものの名はピション。それはハビラの全土を巡って流れる。そこには金があった。

 その地の金は、良質で、また、そこにはベドラハとしまめのうもあった。

 第二の川の名はギホン。それはクシュの全土を巡って流れる。

 第三の川の名はティグリス。それはアシュルの東を流れる。

 第四の川、それはユーフラテスである。
 

 神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。

 神である主は人に命じて仰せられた。

『あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。

 それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。』」

       (聖書・創世記2:8~17)
 

このように、天地創造の初め、

人間は「エデンの園」という神さまによって造られた楽園に住むようにされたと教えられています。
 

なぜ世の中には不幸や災害があるのか?

では、一体なぜ、人生には色々な不幸や災害があるのでしょうか?

神さまの楽園はどこにいったのでしょうか?
 

それには、「善悪の知識の木」が関係しています。

神さまによって備えられた「いのちの木」から実を食べるときに人間は生き続け、

「善悪の知識の木」から実をとって食べるとき死ぬと言われました。
 

しかし、創造の初めに造られたアダムとイヴは、

神さまの戒めに背き、「善悪の知識の木」から実をとって食べてしまいました。
 

神さまの御教えに従って生きるようにと創造されたのに、

その戒めに従わず、自分の欲求に従って生きてしまいました。
 

これが、罪と呪いの根源であると教えられています。
 

神さまの御教えに従って善悪を判断するのではなく、

自分の考えや欲求に従って善悪を判断して生きること。
 

この不従順によって、人間はエデンの園から追放されてしまいました。
 

現代の私たちへの関係は?

聖書のこのような出来事は、

現代に生きる私たちにとって、何の関係があるのでしょうか?
 

人類の先祖、アダムとイヴが大昔に犯した罪が、

現代の日本で生活している私たちに何の関わりがあるのでしょうか?
 

聖書の御教えによれば、神さまの楽園から追放されているのが、今の世界です。

神さまと共に住む愛と喜びに満ちた生活ではなく、

自分の欲望に従って苦しみの中に生きる世の中にいる状態だと教えられています。
 

そんな罪の中から救い出すためにこそ、

イエス・キリストは、天からこの地上に降って来られました。
 

私たちの罪を代わりに背負い、

すべての呪いを自分がその身に受けることによって、

人間に救いの道を開かれました。
 

イエスさまの流された血潮、引き裂かれた御体は、

私の罪の赦しのため。
 

そのことを信じるとき、私たちは神さまによって罪を赦され、

再び神さまと共に生きる存在へと回復されると約束されています。
 

まさに、イエスさまは十字架の木にかけられ、

ご自身が「永遠のいのちの木」となられたのです。
 

現代でも、神さまの御教えに従って生きるという「いのちの木」から実を食べる生き方と、

自分の欲望や考えに従っていきるという「善悪の知識の木」から実を食べる生き方、という選択が与えられています。
 

「 神は、実に、

 そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。

 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、

 永遠のいのちを持つためである。」

       (聖書・ヨハネ3:16)
 

私たちは、「いのちの木」から実を食べ、

神さまの楽園に生きる者とされましょう!

God loves you.☆

 

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